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祝 大家友和投手メジャー50勝

 インターネットのニュースで、今年からトロント・ブルージェイズで先発の一角を担っている、我らがOBC高島のゼネラル・マネジャーの大家友和投手(背番号18)が今期2勝目をあげ、メジャーリーグ通算50勝目を挙げたと報じているのを確認しました。バンザ~イ!万歳!!

 今期は出だしで2敗を喫しましたが、負けた試合でも先発として試合を壊さない事や、投球内容の良さを評価されていました。私達も祈るような気持ちで勝ち星を待っていました。前回の登板でレッドソックス相手に1勝(日米通算50勝め)をあげ、「恥ずかしい」とコメントされていましたが、本日、野茂選手に続く、日本人では2人目のメジャー50勝です。

 マスコミの報道があまりにも不公平で、大家選手が取り上げられることは極めて少ないと言うより、話題にしないように申し合わせでもしているのかと思うくらいです。ご本人は、実に実直で、自分に厳しく、正に野武士のような存在感?で自分に嘘はつかない知行合一のナイスガイです。実際、ジャージを着替えても、きちんと脱いだものは畳まれますし、何よりお母さんを大事にされています。(このお母さんがまた素敵)

 若者が野球の夢を追う機会を、高島で一緒に創るとともに、高島をスポーツで元気にしていこうと共励しています。大家選手に注目すると、メジャーリーグの仕組みがリアルに分かりますし、より深い野球の醍醐味に気づくことになると思います。

 何はともあれ、大家選手の益々のご活躍を祈念し、私達も元気を増幅させて気張りませう。
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by hi-kaito | 2007-04-30 22:22

藤香る末広の里

 30日まで藤樹の里文化芸術会館(安曇川文芸)で藤の盆栽展をしてくださっています。藤樹先生が愛された藤を、安曇川では盆栽にもして愛でる愛好者グループがいらっしゃいます。展示室に、立体的な配置もしながら、様々な藤の盆栽が美しさを競っており、何と言っても室内ですので、文芸会館中に芳しい藤の香りが満ちています。30日の午後3時までですので、是非ともご覧ください。同時に、心象絵図も沢山展示されています。

 隣の道の駅「藤樹の里」は一日中溢れんばかりのお客さんにご利用頂き、関係者は嬉しい悲鳴をあげておられました。夕方の5時に覗くと、支配人がやっとお昼のお弁当を開けられたところでした。市内の特産品にこだわって商品を厳選されてていることが評判とのこと。市内5蔵の地酒も置くようになったと紹介してくださいました。

 奥の扇子工房では、扇子組合の方々が、色とりどりで大小様々な扇子を展示販売されており、流石「扇子の街」と思わせる陳列内容です。そして、200円でその場で扇子にレーザーで名前を彫るサービスもされており、オリジナル扇子の製作と共に人気を博していました。

 今日は、実践倫理宏正会の61周年記念朝起き会から一日が始まり、充実した一日でした。明日も良いお天気のようですね。交通安全で、楽しい休日をすごしてください。
我が家にも、鯉のぼりが上がりました。足元を見ると、車はまだスノータイヤではありませんか。
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by hi-kaito | 2007-04-29 22:54

天狗と獅子の三々九度

今日は、最高のお天気ででしたね。お祭りも、予定されていた事業も皆さん大満足だったのではないでしょうか。私は、継体天皇のお父さんの彦主人王を祭主とする三重生神社に「ウシの祭り」を見学に参りましたが、16年ぶりの神牛・神馬のお渡りもさることながら、天狗と獅子の三々九度といわれる儀式に興味を持ちました。

 お旅所から神社に行幸するお渡りの途中で、振姫の里、越前の方角に向かって天狗(中学生位の男の子)の三々九度の神事(3*3=9回の垂直とび)が奉納され、続いて黒い獅子頭をもった二人の小学生が可愛く凛々しい紋付袴姿で、獅子の口を3回タンタンと開け閉めしながら、右回りに3回って獅子の三々九度が奉納されました。

 献撰の後、神前でも神牛と神馬が本殿と拝殿を右回りに3周回り、宮司さんの舞、巫女さんの舞、2度目の天狗と獅子の三々九度が奉納され、フィナーレに粽(ちまき)撒きが行なわれ、境内一杯の観客で賑わいました。太鼓が、高島市内では珍しい2拍子?のアップテンポで、お酒を飲みながら夜通しこのリズムに乗っていると、トランス状態になるに違いないと思います。地元では「オッタ・ダボ・ダボ・ダボ」と叩くよう伝承されているとのことです。

 歴史を重んじ、裃や紋付袴も厳粛で、ゆったり・のんびりと時間が流れました。最初に直会をされ、塩大根の輪切りとお神酒で祝われることも興味深く拝見しました。ともかく、子どもにちゃんと役割があり、若者も消防団の刺し子の法被を着て、牛や馬の糞を拾う役割を果たしていました。市役所の関係者も沢山交通の誘導などの労をとっていてくれました。皆さんお疲れ様。有難うございました。
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by hi-kaito | 2007-04-29 22:39

祭り 祭り 祭り ワクワク宵宮

ニュースでは、大型連休のスタートを報じています。早や4月末と驚きながら、目まぐるしいであろうゴールデンウィークが無事過ごせるようにと慎重な気持ちになっている自分に気づきます。

 明日は、最高のお天気のようで、海津の{力士祭り」や三重生神社の「うし祭り」、行過天満宮の弘川祭りなどはきっと盛大に催行されることと思います。今年は、継体天皇の即位1500年と言うこともあり、継体天皇のお父さんの「ヒコウシ王」を祭神として行なわれる「うし祭り」は、16年ぶりに、本物の牛と馬がお渡りに参加するとのことで、五穀豊穣を祈りと農耕の仲間?である牛と馬への敬意が折り込められているのだろうと思います。乞うご期待ですね。

 今夜は、言わずと知れた「宵宮」(よみや、よいみや)ですので夫々の流儀で祭りに突入です。海津の力士祭りの宵宮は、町並みと門見世?にとても風情があり、また若者のエネルギーがお神酒と相乗効果を発揮して、これぞ「宵宮」という時空を創ります。化粧まわし姿の若衆の意気をご覧あれ。

 行過天満宮のお祭りは、大変厳粛で献撰(海の幸、山の幸、里の幸、川の幸を神様にお供えする)の儀式でも、橋掛かりをかけて地面を踏まないようにして、一つ一つ丁寧に献じられるとか。事前の準備も、抜かりがないように大変な神経を遣って用意してきたのだと区長さんに教わりました。夫々のお祭りが滞りなく、怪我無く、楽しく、みんなの力で終了できますように祈念いたします。

 これから、B&G財団の主催で「水に賢い子どもを育む研修会」に歓迎のご挨拶と激励に伺います。全国から2泊3日の日程で高島へ見えてます。明日は知内川などを使って研修をされるとか。久しぶりに自宅で夕食の席についたので、筍ごはんを食べ過ぎました。
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by hi-kaito | 2007-04-28 19:40

ワクワク島探検記

  今日は、琵琶湖汽船さんの創業・開業120周年の記念式典にお招きに与り、びわ湖上に特別に設置されたワクワク島へ御祝いに参りました。1986年(明治19年)に創業、翌1987年(明治20年)に開業され、琵琶湖の湖上交通を担い、また琵琶湖観光を開拓し、人と琵琶湖を繋いで120年営業されてきたことになります。

 高島市は、びわこ里山観光振興特区事業において、琵琶湖汽船さんと共同で事業を検討しているところです。かつて太湖汽船が海津、今津、深溝、大溝などの港を結び市民の生活と密接なつながりを持っていたことを改めて知りました。

 1930年(昭和5年)には、マキノスキー場の開設に併せ、スキー船を周航と沿革に記述があります。3月に日野原先生が、夜行のスキー船で奥マキノスキー場に来たんだよと仰ったことを思い出しました。昭和10年からの琵琶湖祭りなどもずっと支え続けてくださり、滋賀青年の船で、若者の城になってくださっていたことも思い出され感謝の念が湧き上がってきます。

 今夜は、びわ湖上に特設会場を設え、ビアンカとミシガンで挟むように支え、風を塞ぎ、夢のような空間を創りだされました。知事はじめ行政・議会関係者や産業・経済界のリーダーの方々と祝賀の式に参列いたしました。このダイナミックな企画に込められた想いと、覚悟を決めて実現なさったことに、感銘を受けました。

 琵琶湖は、400万年前に生まれ、40万年前にほぼ今の形になったのだそうです。世界で3番目に古い私達の琵琶湖には、58種の固有種と1100種の生き物が棲んでいるのだそうです。中井社長は「母なる琵琶湖を大切に思い、現在および未来の人々が感動的で幸せな体験を琵琶湖でできるように行動する」と決意を述べられました。改めて特区事業についてもしっかりと取り組まねばと強く思いました。
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by hi-kaito | 2007-04-28 00:13

木組みは人組み?

今日は、高島市にとって森の日、木の日の記念日にしたいような日でした。まず、お昼に、高島で一定範囲の森を企業の森として契約し、森づくりや森林の手入れを企業が主体的に担うとともに、森に遊び、森に学び、森に癒されることができる仕組みを作ろうとする会議です。

 地元も、広大な市有林を行政だけで守っていくことは、きわめて難しいですので、新たなパートナーシップに期待するところですし、今回具体的にお話を出来るお相手と出会えた事が有り難いと思っています。是が非でも、三方よしで実るように努力を重ねて参ります。

 午後は、地元の木で家を建てることを実現させる[高島木の家づくりネットワーク検討委員会」を発足しました。高島市の72%の森林を活かす道を拓くことが課題であり、願いです。森林所有者も、森林組合も、製材や設計や建築をする人等が参画し、高島で材が出せ、製材ができ、ストックして使っていく仕組みを作っていこうと3年計画で先ずはスタートします。研修もします。

 夜は朽木やまびこ館で、小中学校体育館を市民参加と協働で建設していこうと検討会が発足しました。「朽木の杣」(くつきのそま)と言われる森林文化の里で、地元の杉材を使って体育館を建てたいと提案しましたが、木造ありきより納得のいく議論をして木造か鉄骨他かを決めようと5月に視察などをされることになりました。必要なプロセスを踏み、納得の上で皆の夢を集約し、実現に向け協働が出来たら何よりです。委員長に玉垣勝氏が就任してくださり、相談役には、鈴木有先生がお力を貸してくださることになりました。「多くの人によって夢は叶えられる」(OBC高島ポスターより)
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by hi-kaito | 2007-04-26 23:14

に を へ の

今日は、「俳句と地球物理」という本をテキストに、寺田寅彦さんの視点を探求する勉強会に参加しました。俳句を自然の一部とも思う日本人の自然観を最も集約した形で表す方法として、俳句を物理学者が解説されるのですが、視点の多様さと、観察の深さに圧倒される気がしました。

 講師の方が、引かれた例で

  「手を洗う 前蛍が 二三匹」 という場合と
  「手を洗う 前蛍が 二三匹」
  「手を洗う 前蛍が 二三匹」 のように

 助詞の使い方で蛍の動きや位置が変わることや
余白を紡ぐことと、読み手に委ねる信頼の関係があってこその
文学の面白さなどを伺いました。

 理解が浅いので、引き続き考えます。
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by hi-kaito | 2007-04-25 23:23

4月24日

今朝は、8時からの三役会で副市長、教育長、総務部長との意見交換から始まりました。
携帯のブログを通じて知り合い、小学生が被害に合った事件があり、新聞でも報道されたことの概要と、被害にあわないように、全小中学校に注意喚起したことの報告をうけました。子どものことは、心が痛みます。学校には、IT社会の影の部分対策のマニュアルもあるとのことです。思いもよらぬことが、すぐ傍で起こると思いましたが、ちゃんと思って備えるべき課題であると認識を改めねばなりません。

 また、藤樹先生生誕400年記念事業に向けての陣立てをどうするかや、給食費の滞納問題、横の連携の取り方、支所長会議では、もっと話しやすい空気も大事にし、バックデータの提出のもとで建設的な議論が必要ではないかなどと話しあいました。

 先日、朝早く野漆を見ようと自転車で琵琶湖の近くを走っていたら、雉(キジ)に出会いました。放鳥されたものだと思いますが、身近なところで、命が育まれていることに嬉しくなりました。小さな雲雀から大きな青サギまで一杯出会います。人間社会自らが病んでいっていることを、開放し・解決するには、人間関係の修復や、自分の中の自然を取り戻す必要があると思います。

 高島市も、森林セラピーのことも研究を始めました。高島市の健康化プロジェクトなどとして、多面的に考えていくことが「三方よし」政策のようですね。勉強します。

 
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by hi-kaito | 2007-04-24 18:18

もっと OKIBARI!

 今夜は、商工会青年部の第2回総会に参りました。新たな歴史をつくった若者達の顔は格別眩しく見えます。初代部長の高木氏は、朴訥で、相手が話し出す十分な間をもつ稀有なお人柄です。年齢は私より若いのですが、人間通で徳川家康みたい?だと思います。
 新部長の藤野氏は、「よさこい軍団」を率いてきた積極的な発想と行動の人で、新役員さんと力を合わせ若き商人魂を全市・全国に響かせてくださることと期待しています。

 この春には、会員の車両60台を子ども見守り隊のパトロールカーにするなど、、実に頼もしい市民集団でもある青年部です。研修あり、祭りありで、人の和と共に、仕事の方も広がりを見せるに違いありません。何よりも本業のご発展と、青年部活動のご隆盛を祈念します。

 地域通過「アイカ」も一緒に育つといいですね。
 
 青年部ブログ「もっと OKIBARI!」 http://blog.motto-okibari.jp/ も覗いてね。
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by hi-kaito | 2007-04-20 21:36

水の神 土の神

今日は、旧饗庭村の郷社、波爾布神社の例大祭に参列し、五穀豊穣と災害の無い一年を祈りました。ここは水の神と土の神が祭られており、また、境内の熊野神社と邇岐志神社(山神社)も一緒に神事をされます。祝詞には、必ず「清き・直き、明かき・正しき心」で暮していくことを誓うフレーズがあり、昔々から、心の鏡を曇らさずに生きようとしてきたのですね。
 
 また、自然に御座します八百万の神々、つまり全ての命に神仏を観、人間も自然の一部であるとする謙虚な感性が、農耕民族の遺伝子として受け継がれた来たのだと思います。お金を崇拝しすぎる現代社会では見えない物が、ここにある気がします。宗教と文化のハザマに実は守らなければならない心や教えが垣間見えます。子ども達にとっては尚更ではないでしょうか。

 この波爾布神社は、天平12年3月(西暦740年)に橘諸兄公(聖武天皇の左大臣)が神輿と今も御厨屋の地名がのこる辺り2町歩を寄進され、翌天平13年に阿波の国より波爾山比賣命(はにやまひめのみこと)を勧請され始まったとされています。後醍醐天皇になるまで高島郡北部の総社であったとか。現在の社殿は、元和10年(1624)に改築された貴重な木造建築物で市の文化財となっており、静かと神聖な雰囲は特別な氣がします。今津駅から歩いて20分。謂われや案内を、QRコードか何かでする時代もくるのでしょうが、アナログの内にも是非、お訪ねください。
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by hi-kaito | 2007-04-20 21:21