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議会開幕

 本日平成19年3月定例議会が開幕しました。4年任期の半分が過ぎ、3年目に入る緊張感とともに、19年度の施政方針を述べ、予算案を提案する最も気も身も引き締まる日です。
 19年度は、一般会計予算241億7千万円をはじめ、特別会計も皆、遣り繰り予算ですが、合併してよかったが見えてきた予算でもあると思います。

 提案説明では、66分間も連続して説明書を朗読することとなりましたが、昨年から職員の皆と創り上げてきた事業であり、予算ですので、自ずと気持ちが入ります。聞く方も大変だったと思いますが、皆さん真剣に提案に耳を傾けてくださいました。

 議会人事も変更があり、議長は岸田定議長が継続されることとなり、副議長には、渡辺近治議員が選出されました。また、議会選出の監査委員には、森江稔議員に就任いただくことになりました。これから、多くの議案を委員会で審議していただくことになります。

 また、今日は、障害を持つ子ども達の集う場として、且つお母さん方をはじめ家族の心のよりどころにもなるべく「にこにこクラブ」の新拠点のお披露目があり、お昼休みにお邪魔しました。7年目の今年、マキノの駅前のテナントの2階を間借りし、市と県の補助金を活用して改造され、自分達で発展的な展開をされました。重たいことも分かち合える場になると思います。約30人くらいの方が集まって、研修会の後、持ち寄りの手づくり料理で祝う会をなさっていました。おめでとうございます。
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by hi-kaito | 2007-02-28 22:32

湖西線強風対策の「みえる化」を

今日は、出張の行きの電車からJR湖西線の風対策の強い要望を2人の方から受けました。先日も比良のあたりで強風が続き、電車がストップしました。会社勤めの方も学生さんも、本当にお困りであることは、利用者アンケートにもはっきりと表われており、年末に仮の集計をもって具体的な声を列記してJRに風対策と代替バスなどの手配を要望致しました。

 この2月に入ってから、詳細な利用者アンケートの集計をJR京都支社に届け、重ねて対策を求めております。今日のお話では、ともかく止まっているなら、いち早く知らせる方法を取り、代替の輸送手段を遅滞なく実行すべきであると言うもので、定期券での利用者としてはは当然であり、尚更その思いは強いと思います。テレビのテロップで流すようにとの提案はなるほどごもっともであるので、関係機関に要請をまずして見ようと思います。市の無線放送も連絡があり次第放送していますが、より緊密化します。

 湖西線は、かつてから風速25mで止まることになっているとの事で、やはり異常気象の表れなのでしょうか。車両の軽量化も影響しているのかもしれません。JRは対策の検討を約束してくださっていますが、今流行の「みえる化」で一日も早く応えて頂きたいです。

 ただ、最近私達に対してもそうですが、個人の人格までも罵倒するように文句をぶつけ非難される方があります。その目の前の担当者は精一杯やっていることが多く、手間をとらせるだけ逆効果になることも現実です。
 腹に据えかねるときこそ、一呼吸おいて冷静になって頂くこともお願い申し上げます。
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by hi-kaito | 2007-02-27 23:42

ザゼンソウをご覧あれ

 今日は正に春の日差しで背中がぽかぽかするほどでしたね。先日の還暦記念誌にメッセージをお届けしたことを大変喜んでくださって、とても嬉しくなりました。いつも文章には苦心していますが、ブログも短くても書くように励ましてくださったので、今日も酔って帰ってきましたが、少しだけでもと思います。

 今日の夜は、高島支所のメンバー約30人とお気軽トークで、憩いの里湖西で懇談のあと食事も一緒に致しました。高島病院のことを特にみんな心配をしてくれていることが印象的でした。また、退職者が多くなり、市の体制のことなどこれからの市役所の姿に不安を持っていることも伝わってきました。でも、挑んでいくしかないことも皆分かっているように感じました。

 訪問看護ステーションで頑張ってくださっている看護師さんが高島の美しさに引かれて引っ越してきたんだという話をしてくださり、杜若や水仙、菖蒲、彼岸花に至るまで季節の移ろいと共に花が移り変わっていくことや、緑の田んぼそのものが美しいいと思うこと、また蛍が乱舞していたのに最近めっきり減ってしまって、増やしたいことなど、澄んだ心でみると色々なことが美しく見えるのだと教えられました。

 明日は、6時19分の電車で東京日帰り出張です。ここ一週間は、夜の会合が続き、子ども達と夕食をとることも出来ませんでした。ちょっと運動不足も気になってきました。

 今津のザゼンソウも今が盛り。今年は、松見先生ら研究・観察をなさっている方々のお陰で、素晴らしいガイドブックも出来ました。ウォーキングにも最適です。是非訪ねてみてください。
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by hi-kaito | 2007-02-26 22:36

食育の集いと「明日の記憶」

 今日は快晴の日曜日。ヒバリの囀りがあちこちから聞こえてくるのに気づきました。梅の花もほころび始め、安曇川や新旭の公民館では盆梅が見事に花をつけ、えもいわれぬ香りを漂わせています。

 新旭の公民館では食育の集いです。大根葉をホットプレートで炒ってふりかけを作るところでは、とても香ばしく美味しそうな香りが漂っていました。展示も大変面白く、皆さん、お出かけください。現在は、高島賢さんの講演の最中だと思います。小浜を全国の食育先進市に育てあげ、御食国(みけつくに)のまちづくりを推進された、農水省の俊英です。

 また、午後は、藤樹の里文化芸術会館で、認知症などを考える集いで、藤本先生のご講演と、映画「明日の記憶」の上映です。もう一杯かも知れませんが、とてもよい事業を企画・実行してくださったと感心しています。生きること、老いること、そして若くして認知症になっていく自分や周りの様子や、最後に妻に気持ちを伝えるために考えたことが、丹念に描かれています。私もこの映画を観てから、少し自分が変わったと思う点があります。

 私は、これから消防の功労で叙勲の栄に浴された澤本克己氏のお祝いの会に出席をします。
もう春の日差しですね。昨日・今日と風が強く、電車のダイヤが不安定ですが、余裕をもってお過ごしください。(JRへは暴風対策の要請を再三しております。)行って来ます。
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by hi-kaito | 2007-02-25 11:34

継体大王の謎 Ⅱ

 昨日、第2回目の継体天皇セミナーが水谷千秋先生を講師に迎え盛大に開催されました。藤樹の里文化芸術会館に会場を変更しての今回は、400人もの熱心な参加者が集い、興味深々の中を始まりました。今回は、継体即位や古代の高島に迫っていくと前回に予告されているからです。

 第26代継体天皇のお父さん、お母さんの話や、古事記や日本書紀の元になったとも言われる「上宮記一云」を資料にして、継体天皇になるヲホド王の系譜をたどり日本書紀に書かれていない部分を解き明かしてくださり、また、お母さんの振媛は、三尾氏の系譜と思われることなどを、淡々と分かりやすく語ってくださいました。

 田中王塚古墳(宮内庁陵墓参考地)や鴨稲荷山古墳(出土の王冠などは国立博物館に収蔵)の貴重さを解説してくださり、美濃などの地域の同時代の古墳より小ぶりなのに、天皇に迎えられたことは、やはり血統が勝ったといえるのではないかなど、謎へのコメント。そして水尾神社に神の依り代の役割であろう大岩を見出し、三尾氏が高島に存在したであろう説を展開されました。次回は、3月25日の14時から。会場は同じ藤樹の里文芸会館です。

 お昼の前後は、BBCの生放送の収録でモロコを焼きながら高島のPRに出演しましたが、高島は素晴らしい素材が一杯いっぱいあるので、それを活かしていくソフトが大事だとつくづく思いました。観光特区は、福祉に目を向けていないのではなく、福祉を支える経済や人の活力を育てようとするものです。リハビリより、カタリベを増やしましょう。
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by hi-kaito | 2007-02-25 11:15

還暦記念誌

 ただ今、還暦の記念誌を読みながらメッセージを書いています。安曇川中学校14期生の方々が還暦を迎えられるにあたり、文章や写真を寄せ合い、恩師のメッセージも依頼され、中学校の卒業時の文集からもコメントを転載し発刊されたのです。ともかく実行委員さんの気合が155ページに漲っています。

 今年還暦の方々は、昭和21年産まれ組で、戦後の激動期が少年時代であり、東京オリンピックからの経済成長期が青年期から実年期で、正に日本の土台を築いてこられたのです。
動くと言うことに関しても切れ味、的確さなど一目も二目も置く世代です。本文以下の通り。

 この度、雄々しく還暦を迎えられた安曇川中学校14期生の皆様、還暦に至る今日までの皆様のご活躍と社会へのご貢献に、心から感謝を申し上げますと共に素晴らしい記念誌の御発刊をお祝い申し上げます。
 初めて拝見した、「還暦を祝う祈念誌」には、皆様の気迫が満々と漲り、60年間の人生を、正々堂々と歩んでこられた誇りが湛えられています。先輩方の背中を仰ぎながら、続く世代の一員として、力を惜しむことの無い日々を過ごせと教えられている気が致します。
 さて、かの名優チャップリンは、70歳を過ぎて入院しているときに取材を受け、生涯の作品の中でどれが最も素晴らしいかと問われた時、彼は「NEXT 1」と答えたのだそうです。そして本当に退院後、名作を次々と世に送り出したとか。
 人生の豊かな経験と磨いてこられた技術や洞察力は、この混迷の時代にこそ、これからの社会を創り出す力として発揮されるべきものです。多様なステージが皆さんの登場を待っています。肉体年齢は、今や3割引の時代(かつての40台に匹敵)ですので、引き続き社会を支える側に留まって、(出来るだけ税金も納めて頂き)益々のご活躍、ご発展あらんことを祈念申し上げます。
     2007年2月吉日         高島市長 海東英和 拝
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by hi-kaito | 2007-02-24 00:47

「高島市物産振興会」発足

 2月22日の午後、高島地場産業センターにおいて、高島市物産振興会が発足しました。これまで、日本橋高島屋の近江展などへ滋賀県を代表する老舗として出展・活動してこられた方々で、高島を看板にもしていこうと一致団結の場をつくられたのです。

 郷土を代表する商いや物づくりをなさっている方、ご本人が出席し、発会総会をされたことは、強い責任感も伝わってきます。雲平筆さん、大與ろうそくさんはじめ、扇子、菓子、日本酒、湖魚・珍味、高島縮み・綿織物、染色など本物作りの雄の集いであり、今後は、滋賀県ビジターズ・ビューローの高島支部的な役割も期待されており、事務局は、地場産業センターです。

 役員は、会長に川島達郎(川島酒造)さん、副会長に藤野(雲平筆)さんと大西(大與蝋燭)さんが就任されました。高島には、本物があることを大いに知らしめて頂きたいものですし、京都の楽屋裏なり台所的な歴史から、一歩踏み出していく弾みにしたいですね。

 私もこの方々とは、10年位前に高島屋などで同じ売り場に立ち、郷土の特産品を販売していた経験があります。懇親会でお酒を飲みながら大いに盛り上がりましたので、夜中に目が冴えて寝られなくなりました。こういうときは潔く寝ずに何かをするといいのでしょうが。

 夜中の2時ですが、バイパスを行く救急車のサイレンが聞こえます。皆が寝ている間も、働き守ってくれている人がいます。本当に有難いことです。事故がありませんように。運ばれている方が助かりますように。高島病院の救急の皆さんも有難う。
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by hi-kaito | 2007-02-23 02:05

若狭町と災害応援協定

 只今、福井県若狭町の千田千代和町長と災害時の相互応援協定を締結いたしました。お隣の町と仲良く確かな絆を結べることは、市民挙げて喜んでいただけることと考えます。かつて若狭藩だった地域もあり、また若狭町が滋賀県だった時代もありで、お互いに親近感があります。

 今回は、夫々に合併し、改めて協定を結んだわけですが、避難者の受け入れについても相互に受け入れることを盛り込んでいます。また、今津に駐屯する自衛隊による応援も大いに期待されています。協定が役立つ事態は望みませんが、いざというときのために、日常的な交流を積み重ねていくことが大事ですので、消防や防災の担当者を皮切りに、土木や福祉など関係者同士の絆を強めていけるようにしていきます。

 昨日、アサザプロジェクトなどを起こしてきた飯島博さんが訪ねてくださいました。4年ほど前に茨城県の八郷で菜の花プロジェクトの全国大会があり、その折にアサザ基金の活動などを教えていただきました。ヨシなどの関係者とは昨晩からゆっくり懇談をなさったようで、高島のことばに置き直すことの大事さを説き、宿題にされたとか。

 霞ヶ浦の護岸の問題や汚染の問題を、小学校での環境学習や企業の社会貢献、漁師さんの山を復活させる活動などと結びつけ、アサザをシンボルに大きなプロジェクトを育てながら地域を変えていった傑物です。(本人はとてもスリムで見た目は温厚です)
 琵琶湖をもっと見つめて、調べて、関わりなおしていきたいですね。琵琶湖の空にもトキが飛んでいたのだそうです。
 
 

 
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by hi-kaito | 2007-02-20 16:00

無農薬栽培

 本日の農業振興大会は、栃木県で無農薬栽培の研究を続けておられる稲葉光國先生から、本当に無農薬栽培に向かっていけるんだというお話を聞かせていただきました。高島市は、生物の多様性などを尺度に、環境を保全する機能なども大いに評価できる農業政策にしたいと考えています。

 本日の講師は、実践と観察と研究のなかで、除草剤を卒業する、自然の摂理に合った方法で草を抑える技術を解説してくださいました。まず一株1~2本植えにしてイモチや紋枯れを出にくくし、雑草の品種ごとに水の張り方深さを調節して稗などの草を抑えるというものです。深水にすると稗は上へ上へと葉が伸びていき、田植えから30日くらいで水位を更に3cmほど上げてやると浮力で稗がするっと抜けるのだそうです。こんな話は本当に初めてでした。

 雑草を知っていますかという問いかけに、誰も自信を持って返答することが出来ませんでしたし、雑草の品種によって除草方法が違うことや、それぞれが有機肥料となって美味しい米を作るのに貢献していることなど大変体系的に解説して下さり目から鱗の方がきっとあったと思います。居ないでは困ります。

 また、協働フォーラムも地場産センターで広原先生をコーディネーターに開催。市民の力が動き出しているなという実感がします。
水俣の吉本さんの受け売りですが、「愚痴より自治」高島に火をつけていきましょう。
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by hi-kaito | 2007-02-17 22:43

椰子の木

「お父さん」 。フィリピン・マニラ東部山中のワワ渓谷に万感の思いをこめた声が発せられました。62年前に戦争が終結。このワワダムの辺りは、終戦の数ヶ月前に激戦となったところのようです。お父さんの顔さえ知らない遺児がほとんどで、お腹にいるときに名前をつけてもらったことが慰めですと仰る方もあり、60余年間ずっと胸にもっていた思いを呼びかけと共に吐露されるのでした。

 「お父さん」という言葉にこれだけの想いがこめられ、お父さんの居る子より頑張ろうと懸命になってこられたことが痛々しくさえあります。今回の遺族会戦跡巡拝団は49名でした。遺児は皆自分の体も弱ってきたのでいつまでこられるか分からないけど、お父さんのなくなった地にまた来たいと仰います。日本兵518千人のうち何らかの遺品遺骨が帰ったのは138千人であとはまだ何も手当てがされていないとか。

 マニラで米軍アメリカ人墓地(南太平洋圏域)にも寄りました。緑の芝生に17,000超の大理石の十字架や、遺体の収容できなかった兵士の名前を35,000名余刻んだ大理石の回廊が建設されていました。遺族の方が「アメリカて流石やな」とポツリと仰いました。国家の命令に殉じた者の尊厳を守っているように思いました。戦争そのものが人権上許されざる行為だと思いますが、過去のことにおいて、遺骨収集と弔いを遺族がせざる得ない現状は大きな課題があると思いました。「今の日本ならできるはず」という声が耳に入ってきます。国家と個人の関係性がよく見えるというと語弊があるかもしれませんが、知らない世界を垣間見てきました。
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by hi-kaito | 2007-02-16 17:37