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環境と環境

 25日は、環境ビジネスメッセの開会式と滋賀県主催のバイエルン州の代表団を歓迎するパーティーに参列しました。半月前にお世話になった5人の方々にもお会いでき、長浜市とアウグスブルグ市との4半世紀にわたる交流の架け橋となった方やドイツ総領事ともお会いでき、有意義な時間となりました。
 メッセ会場では、高島市とキームゼーとの新たな交流にも期待のメッセージが述べられ、知事からは、若者や子ども達の交流も提案されました。

 翌26日には、バイエルン州の環境・教育などを担当する次官始め研究者、そしてキーム湖の周辺自治体連合の会長でリムスティングのホフマン市長、並びにヴァルナー議員らの一行を高島市にお迎えすることになりました。下水処理場やBDFの精製工場、水鳥センターなどを見ていただき関係者と意見交換をしていただきました。

 残念なことに、私は、早くから依頼を受けていた全国自治体問題研究会の環境分科会のパネラーで沖縄に出張となりましたが、助役以下のしっかりとした対応で、大変喜んでお帰り頂いたとのことです。学びを実践に結び付けていきたいです。

 さて、この研究会は自治労がバックボーンでしたが、何と全国から3000人もの職員が集い、基調講演やパネルディスカッションを企画し、政策分野ごとに研究を発表されたり熱心に話しあわれる様子に大変驚きました。先日、高島市でも職員の力で北川正恭先生を招き、研修会が開かれましたが、新市を支える職員がどのような学びの場を持ち、創っていくのかが大事なことなのだと思いました。

 今回は、LAS-Eや環境自治体の取り組み報告が私の役目でしたが、水俣病のマイナスを世界環境都市づくりの資源に価値転換をされた、元水俣市長、吉井正澄氏の講演に大いに啓発されました。いまや修学旅行のメッカであり、環境分野では国際的な視察やイベントがひっきりなしで、地元の特産品も高品質で引っ張りだこです。

 「もやい直し」がキーワードですが、人の心と絆の再生が地域を蘇らせたのだと感じますし、そうならしめたキーパーソンがいらっしゃるのです。
 市民同士が加害者のチッソ側と、被害者の水俣病患者側で対立し傷つけあった苦悩を乗り越えたのは職員や市民の力でした。困難な課題には、立ち向かう以外に方法はないのですね。
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by hi-kaito | 2006-10-30 21:29

湖西林業協会研修

 24日の火曜日、湖西林業協会の視察研修で郡上八幡として知られる、合併した郡上市を訪問しました。ここには、地元の丸太材を構造材に活かした体育館があり、集成材と変わらない費用でできたとあって興味津々で伺いました。高速道路ができ約3時間で到着。郡上市長が会おうと声をかけてくださったので、市役所にも立ち寄りました。

平成16年3月にに7町村で合併され、面積は高島市のほぼ倍の1,030平方km。人口が49,700人。一般会計は290億でうち公債費が80億と高島市と同じく財政再建に踏ん張っておられます。国土全体の保全や、森林や農地など日本の環境を守る仕組みの維持に、国はもっと責任を果たすべきだと思います。

 さて、本題の体育館は、入ったとたんに木の香りがし、林野庁の協力で切り出された檜の丸太はとても見事で、天井を支えていました。乾燥が進んでいっても長さと太さは変わらないのだそうで、鉄骨に比べ軽いことを活かして構造をつくっているとのこと。
この視察を計画してくださった背景に、地元の山の木を何とかして使いたいとの切なる願いが感じ取れ、目の前の実物は大いに参考になり勇気づけられました。50年以上の杉材なら強度もあり使えるとのことでした。

 折角の機会と名水100選の第一番に指定された宗祇水を見学しました。郡上踊りと合わせ、年間500万人が訪れるそうです。あっけないくらいにシンプルだと思ったのは、高島も豊かな水に囲まれているからでしょう。数年前の「世界水フォーラム」や「水の学校」の取り組み以来、高島の湧き水を見るツアーが増えているのも納得です。
先日お邪魔したマキノ町上開田の水も名水100選に勝るとも劣らないものだと思います。21世紀は水の時代といわれ、食料の背景となる水の奪い合いの世紀とも言われています。水を育む山や森、そして恵みの水に感謝して、この恩恵を次世代に伝える政策を心がけねばと思いました。
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by hi-kaito | 2006-10-30 20:44

日日新

 10月21日。湖西線・北陸線の利便を大幅に向上させ、北陸線部分の直流化を果たし、琵琶湖環状線の運行がスタートしました。高島市の北の玄関が大きく開いたのです。湖西線新快速を使って敦賀と直通になりましたし、北陸線とは乗り換えのダイヤが大幅に便利になりましたので、これからは長浜や米原だけでなく北陸、東海、関東とも往来が活発化することが期待されます。何とこの期成同盟会は、昭和61年3月設立です。

 さて、高島市は、旧6町村の時代からこの事業に2億3千万円余を拠出し事業の実現に参画してきました。残念ながら、今回の開通に合わせ通勤・通学電車の増便はなりませんでしたが、意気新たに次ぎなるダイヤ改正に向け働きかけて参ります。更に、この新たな局面を大いに生かしていく知恵と努力をしていかねばと思います。

 北陸線は20年来の観光とリンクしたキャンペーンを実施してこられましたし、敦賀や福井県は観光や京阪神からの誘客に大変熱心で、大掛かりなキャンペーンも仕掛けておられます。高島市も琵琶湖里山観光振興特区の指定を大いに活かし、先ずはそれらの地域に肩を並べる取り組みをしていくことが喫緊の課題です。

 先日、彦根の私立高校の副校長先生が早速北周りの環状線経由で、生徒を迎えたいとご挨拶に見えました。流石民間と感心し、大いに啓発されました。なるほど乗ってみたら余呉湖へ30分でした。今後オール高島で営業を強め、修学旅行やトレッキングなど、自然環境を背景にして大いに事業化を図っていかねばなりません。

 19日には、市内29企業によって、高島経済会がスタートしました。共に大いなる意欲を持ってチャレンジしたいと思います。百の企画より、いつ、誰が産業化するかです。「やってみたろか」は必ず応援します。営業開発室へお越しください。
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by hi-kaito | 2006-10-23 21:14

ミッション

 最後の使命に、バイエルン州の環境省と日本総領事館に滋賀県とバイエルン州の経済交流ならびにキーム湖と高島市の交流についての理解と支援を求めることがありました。そもそも滋賀県とバイエルン州の経済ミッションのなかから、キーム湖と高島市の交流が発案された経緯があり、日程調整に手間取った以外は、和やかに意見交換できました。

 ミュンヘンの日本総領事館では、丸山総領事と面談でき、高島市の紹介と今回のキーム湖での内容を報告しました。「一気に経済交流に繋がらなくとも着実に信頼関係を結んでいくことで成果が現れるのではないか」とご助言を頂きました。聞くところによると、長浜市とアウグスブルグの交流は、ヤンマーディーゼルのご縁もあり、市民交流が四半世紀続いており、市民の中に根付いたものになっているそうです。お手本にすべき交流が琵琶湖の対岸にありました。

 夜はホーフブロイハウスでバイエルン州次官と環境省のドクター・エッカート氏と懇談の場が設けられ、お話を伺いながらご自慢のビールとソーセージを頂きました。この施設は州の経営で、民間に渡すことも考えたが止まったとのこと。馬で直接入れるほど大きいビアホールは、3階建てで、観光客と地元のお客さんが民族音楽やジプシーの音楽にのって大いに賑わっていました。

 環境省のドクターがバイエルン側の縁結びの神様であることも分かり、豪胆で人間味溢れるバイエルン気質にも触れることができました。キームゼーでも、もっとこっちも緊張感を解ければよかったと気づきました。ドクター・エッカート氏も環境ビジネスメッセで来県され、高島にもお出でいただくとのこと。今度は、雄弁なバイエルンの皆さんに、琵琶湖のこと高島のことをしっかり聞いて頂こうと思います。
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by hi-kaito | 2006-10-16 14:40

ミュンヘンそしてダッハウ

10月11日(水)

 朝食の場にホフマン市長らが見送りに来てくださり、御礼を述べ、琵琶湖周航の歌を歌ってお別れをしました。ミュンヘンには、アウトバーンを走り、市内のホテルに荷物を預け、ここでずっとお世話になったキームゼーのワイマン氏と通訳のウルブリヒト・トモコさんとお別れをしました。ドイツのここからここまでというきっぱりした契約意識も教えられました。

 プーチン・ロシア大統領の訪問で市内の交通がままならず(ロシア経済との関係がかなり重要であることを感じた)、計画変更して地下鉄でドイツ博物館を訪れ、念願のディーゼルエンジン?に対面しました。ルドルフ・ディーゼルの開発したもっとも初期のディーゼルエンジンでしたが、ピーナッツ油で開発したという表記は探せませんでした。自動車や飛行機、船舶の開発の歴史が実物で学べる空間は、青少年が溢れ、技術の国の側面を拝見しました。

 午後は、ダッハウ強制収容所を見学しました。ミュンヘンから車で45分ほどに位置し、ナチスの政策で最初に作られた強制収容所です。「働けば自由になる」と訳すといいのでしょうか、鉄格子の扉に「ARBEIT MACHT FREI]と記されてます。ここは、かつてドイツ人が周辺国やユダヤの人々に行った非人道的な行為を明らかにし、二度と繰り返さないことを誓う施設になっています。ガス室や死体を焼いた炉、復元された「たこ部屋」のようなベッドルームなど、その圧倒的な規模の迫力に言葉をなくしました。

 収容者によって植えられたポプラの並木が語りかけてきます。3,000人収容予定の施設に開放時は30,000名が詰め込まれていたそうです。ほとんどが骨と皮のようになって。人権や福祉を考えるとき、アウシュビッツを見つめねばならないと秋田県の鷹巣福祉塾で習いました。
括り付ける、閉じ込める行為への苦悩はここに繋がります。今、福祉の世界で権利擁護という概念のもと、誰も括り付けられない、閉じ込められない介護世界が目指されています。虐待やいじめも深いところに人間の魔が潜んでいます。バイエルン州の子どもは、必ず遠足で来るのだそうです。
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by hi-kaito | 2006-10-16 14:12

ダンケシェン

 昨夜はホテルから歩いて5分ほどの地元レストランで夕食をご馳走になりました。卵焼きを千切りのようにした具のコンソメスープと豚とジャガイモの料理で、ビールも酵母が生き生きしたヴァイツェンやデュンケルなどがテーブルに並びました。私も痛風の心配をしながら内心恐る恐る美味しく味わいました。

 「ビールは、パンに同じ」という言葉は、麦作の創った文化なのだと感じます。蒸留酒のシュナップスも地酒が愛されており、必ず最後はこの40度の酒を小さなグラスで勧めて下さるのでした。そして、デザートにエスプレッソというパターンでした。

 ホテルは、「質素」という言葉を極めて肯定的に、愛着をもって遣う感じが似合うもので、余計なものやケバケバしたものはどこにも無く、清潔で静かで、15分おきに鳴る教会の鐘の音もホテルの一部のようでした。1時間ほどの朝食がとても豊かに感じました。
 部屋には歯ブラシや石鹸も常備でなく、タオルも洗濯を頼まないと敢えて交換しない。私は二日に一度変えてもらいました。エコツーリズムの大切なものを教えられた気がします。

 キームゼーのホフマン・リムスティング市長はじめ多くの市長さんや議員さんにご案内頂き、全ての場面に細かなお心遣いと有意義で楽しいお話を賜りました。日本人に比べ格段に雄弁家が多いことも印象に残りました。ドイツ人は言うから始まり、日本人は、聞くから始まるのだと思いました。

 私たちが思っている以上に、日本の高島から客人が来るということを大事に思ってくださっていましたし、食事や観光の費用はキーム湖側で負担してくださいました。キーム湖のプログラムでは、ドイツの観光客が沢山いらっしゃるのに他の日本人には全く出会いませんでした。ミュンヘンから90分くらいの美しい湖の周辺には、とても誠実で暖かな方々がおられ、その方々に出会えたことを光栄に存じます。有難うございました。フィーレン・ダンク。

 今月26日には、ホフマン市長とバルナー議員が滋賀県環境ビジネスメッセのバイエルン州代表団で来県される日程を繰り合わせ、高島市を訪問されます。心をこめて高島市をご案内します。
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by hi-kaito | 2006-10-16 13:44

カンペンバンドバーン1664m

 キーム湖の北部にはオーストリアの山々が望め、その先にはスイスの嶺々が控えている。キーム湖周辺はバイエルン州では高級リゾート地にあたるそうで、憧れの地であるそうだ。
 リムスティングの幼稚園からバスで30分ほど走ると、登山口のロープウェイの乗り場に着いた。高原の町はとても静かで美しい。ロープウェイは古い4人乗りのゴンドラで往復2,500円ほど。15分程で登ってしまう。観光客は圧倒的に高齢のご夫婦が多いが、どなたのいでたちも長年山を愛してきた心情が滲み出ている。多くの人が2本のストックを持ち履きなれた登山靴を履いている。
背筋が伸び粋な仕草も重なって垢抜けた老カップルに見とれてしまう。夫婦の時間を大切にして寄り添っている阿吽の呼吸も感じとれ、労わりあって手を繋いだりする姿が日本の未来にもなるだろうか。
 カンペンバンドの最後のアタックは聳え立つ岩の間を縫うようにして登っていく。キームゼーのワイマン氏が先導してくれ若く頼もしい。190cm位の立派な体躯のコンパスと短足小太りでは自ずとハンデがある。息がきれるし、膝が笑う。彼は徴兵制で山岳の部隊にいたそうで、立派な重い双眼鏡をわざわざ持ってきてくれて、頂上からスイスの山々を見せてくれた。鎖で岩肌をつたうところもあり、熟練者も初心者や少し体力のない人も受け入れる体制が整っている。トイレも抜群に清潔でお洒落だった。

 キームゼーの方々の心遣いに包まれて有難い旅になった。岩の上に4畳半ほどの頂上には塔が立ち中腹の頂には十字架が立っている。冬はスキー場にもなるそうで、ヒュッテには暖かいスープとパン、ソーセージやビールがあり、みんな表のテーブルで太陽を浴び、眼下に広がるキーム湖とミュンヘン方面の大平野の雄大な景色を愛でて時間を過ごすのである。ビールはパンと同じだと言い張る理屈があるようだが正にそういう食習慣なのだと納得した。ちなみに我々は目の前の岩山に挑む緊張感からか、全員アップルソーダだった。
 帰り道に植物油の給油所とドイツ版道の駅のような地元の産品や加工品のお店に立ち寄りました。
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by hi-kaito | 2006-10-16 13:09

キンダーガーデン

10月10日(火)

 朝8時半から、地熱を利用した市立幼稚園を見学に参りました。園児は65人。25人クラス保育士二人制です。深さ1.2mに20mmのパイプを3kmホットカーペット状に敷設し、それから熱交換すると共に温度差でポンプを回す方法です。3年前に約1億円で建てられています。

 やはり保育に関心が行きます。ドイツを支える力やいかに。訪問時には、休暇をとった保育士の穴埋めにアルバイトの保育士が働いておられました。さて、教室には全てキッチンがつき、果物が休憩時間には食べられるようになっていることや、台所キットで園児がお母さんのすることを真似て選択したり料理したりで遊んでいます。ドイツの食育は極めてさりげなく、教育保育と一体になってありました。テーブルの上にはカットしたフルーツがあり、休憩時間に食べたら食器は自分で洗うことになっています。

 園の幼児教育方針が冊子で示され、保護者にも配布されて周知されていることから話を聞きました。それに基づき毎月曜日は、「研究の日」にして「火」とか「水」とかをテーマに興味を開かせること、質問する力を引き出すことにしていること。また、2週間に1回は、1日中森に行き、自然に慣れ、遊ぶことをテーマにした「森の日」があること。環境保護の観点からお弁当の容器や包みはワンウェイは使わないようになっていること。クレヨンなどはバスケットに共同のものがあり個人持ちではないこと。言葉の教育に力を入れ、テレビの影響や歯並びまで考え個々に対応すること。運動会はなく、それぞれの子どもがスポーツクラブに入って個々にしていることや、就学前の1年は週1回英語を聞く時間があること。聞く所では小学4年生まではテレビは1時間以内と決まっているとのことです。何で4年生?と聞くとコンピューターの授業が入ってくるからでした。

 保育料は、4~5hで60ユーロ(約9000円)。ドイツは小学校も昼まで。共働きなどで時間の長い保育は昼食を食べる。5~6hが70ユーロ。6~7hが80ユーロとなっており、机やベンチ、遊具などはずべてPTAなど親の会で集まり製作する。必ず技術のある親がいるのだからと。だからとても暖かくなじんだ感じがした。
 2階の部屋では7人のお母さんが2週間に一度のペースでお茶を飲む会をしながら保育や教育の話をしつつ情報交換をされている場にお邪魔しました。ケーキとコーヒーがあり色々な話をするとか。
 また、小学校4年以下の児童で両親が働いている家庭の子が温かい昼食と宿題をして時間を過ごす学童保育の受け入れもされていた。極めて現実的で子ども本位の制度だと思いました。
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by hi-kaito | 2006-10-16 13:04

自治とエネルギー

ドイツは、13州と3市(ベルリン、ハンブルグ、ブレーメン)の16州からなり、バイエルン州は7都市で構成されています。感心したのは国の政策が決まっても16州側に
Bundstagという拒否権があることです。キームゼー10市では、合意するまで話し合っていくと会長は話されました。市民の参加も織り込まれています。

 ツーリズムについては、キーム湖を柱としながらも、ハイキングや登山の観光客も多く、ツーリストのための案内事務所も市庁舎の一番入り口の部屋においておられます。会長さんのリムスティングは3500人の人口で、市庁舎には、税金、婚姻届などの戸籍事務、建築に関する事務、観光に関するスタッフがおり極めてシンプルですが市民が座る椅子や場所が暖かさをもって配置されています。
 ツーリズムは、湖周辺65kmが自転車歩行者道が整備され美しい景観を満喫しながら人力スピードでゆっくり楽しめる環境が整えられています。案内看板等も背景の思索が思われる教育的な配慮も感じるもので(ゴミの実物が標本のように設置され、自然に還るのに何年かかると説明してポイ捨てを予防しているなど)知恵を出して手作り、若しくは地元技術力を活かしセンスよく成されています。
 交通政策や環境保護政策とツーリズムが密接に結びついており、市民+観光客を対象にされています。川登り、虫掴み、水鳥観察なども専門ガイドをつけて8プログラムを実施されています。また、民間でも色々ありそうで、気球やボートなども多様に楽しめる現実があります。
 あと、「もっときれいに政策」で古いもの綺麗な物を残す運動が市民に行き渡っており、バルコニーの花や古材、地元材を使うなどが実行されており、地域通貨の話も触れられました。
 市民出資の太陽光発電所は、出資額が1人500ユーロ(約75000円)で1年で回収できるそうです。これは、1kw/h50セント(約75円)で買い取る制度に支えられているのですが、設置時の一時金より、生産に対する買取価格保障制度が有効であることを教えていると思います。
 あと低温の地熱を利用することや、植物油給油スタンド、バイオガス利用などの背丈に合ったサイズのチャレンジがありました。

 バイオガス(畜産糞尿と植物利用)を発電に結びつけるプラントは、築160年の農家建築の中に工夫して設置されていました。計器室は3畳ほどで、ガスタンクはビニールかポリエチレンの袋。発酵槽は、半径3m位のコンクリート円柱形で、ガス発電機械室は4畳半ほどで機械は1畳に乗るほど。220軒の電気を賄う計画を進めているのはリムスティングの副市長であり研究者でもある人物。極めてシンプルに考えて40度の温度調節にはエーデルスタールという石を活用しているとのことであり確認できませんでしたが、27万ユーロ(約400万円)で作ったという現実に感嘆しきりでした。
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by hi-kaito | 2006-10-16 12:54

お見事!下水道政策(キームゼー・カナル)

10月9日(月)

 バイエルンの海といわれるキーム湖は、80平方km最大深72mの湖で10の市や町が取り囲んでいる。流入は市民の排水とオーストリアからアヘ川が流入し、2本の川が流出しドナウから黒海へと流れていくとのことである。一年で全ての水が入れ替わる勘定らしい。

さて、琵琶湖でも石鹸運動があった頃?、キーム湖では30年前に湖の汚染が進み水泳禁止になる事態となり、ドイツ統一の1989年に周辺10市が話しあって管路総延長90km40ステーション、約30億円、放水管5kmの環キーム湖広域下水道計画を実行されました。
このプランの特徴は、湖の中に汚水の集水管を沈めていることです。ポリエチレンパイプの製造機械を湖畔に設置し、2kmとか1.5kmとステーションを繋ぐ一本の管を現場で造り、浮かべて工事し、水を入れ重りをつけて沈める方法で大幅な工事費用の削減と期間短縮、つなぎ目がないので維持のしやすい(1989以来トラブルなし)下水道を完成させられたのです。汚泥は今のところミュンヘンで燃やしているそうです。
湖の環境改善は、観光客を呼び寄せるとともに、この事業をきっかけに周辺市の自治の場ももたらし、各市代表2名を出し4ヶ月毎に会議をもっているとのことです。15万ユーロまでは連盟市長会で判断でき、それ以上は連盟議会で判断する決まりです。
また、今日的な環境問題の積極的な受け皿にもなっておりキームゼー・アジェンダ21により、エネルギー、交通、経済、下水処理の4つのテーマに力を入れている。積極的な環境政策にはEUから予算がつくこともあると説明されたが、基本的には日本のような補助金制度はなく、殆ど自前で事業を進めていることが、シンプルで的確規模で手の届く予算規模の事業を導いたのだと感じました。現在、事務方は4名、技術方は12名(マイスター含む)の体制で維持しておられます。最近では湖周辺の蚊対策に60万ユーロ支出したとか。
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by hi-kaito | 2006-10-16 12:53