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高島 がんばる ネット

 高島市の情報を地図上に配置し、駅なら時刻表、病院なら診療時間、公共施設ならそのホームページへリンクですぐ飛べる、とても楽しいサイト「高島 がんばる ネット」を作られた方が訪ねてくださいました。

 高島市内の情報の玄関としてうってつけではないか。官ではできない内容がふんだんに盛り込まれていると思います。皆さん一度見に行ってみてください。高島は、これから面白いぞ!

 午前は、部長会と総合計画の作戦会議でした。不当要求対策の対応要領の変更や、高島市の環境マネジメントシステムの展開などです。

 環境マネジメントについては、合併前の3町でISO14001を取得していたという背景があり、どうするかが課題でした。高島市は、環境自治体会議が提唱するLAS-E(Local Authority's Standard in Enviroment:通称ラス・E)という新しい取り組みをしていくことに決定し、7月20日から実行することを決めました。(但し、明日の議会で予算が通ったらですが)

 LAS-Eは、ISOと比べて費用が3分の1以下で、出先機関や現場での取り組みも含む実効性を問う仕内容が特徴です。審査員に市民の代表が入ることも決められており、行政の環境行動が市民の目でチェックされる仕組みで、審査機関に数百万円も支払う制度を卒業しようと、環境自治体会議が政策研究するなかで生み出してきたものです。職員のスキルアップにもつながることが期待されています。

 総合計画は、安易なコンサルタント委託をせず、なるべく手作りで作っていく方法論が話し合われました。発展=開発から持続可能性を問う時代に入ったように思います。庁内若手のメンバーから議論が始まりました。

 総合計画策定より、ニセコ町のように自治基本条例の取り組みで新市の柱を打ちたてようとされている市があると聞きました。実践的なプロジェクトを列記する形の所もあるようで、これまでの総合発展計画だけをイメージする時代ではないことも明らかです。高島市も総合計画策定のプロセスで、市民の皆さんの声を聞き、しっかり自分の中で考え、力をつけながら練っていきたいと考えます。

 
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by hi-kaito | 2005-06-30 18:47

恵みの雨と・・・

 お陰さまで、恵みの雨。田畑も水道の水源も、防火用水も一息つけました。

 市議会一般質問も、19人の議員さんが登壇され、本日に持ち越された日程も終了しました。滞納に対する収納担当組織の編制や、高島市営業本部の立ち上げなど、具体的な実行で応えていきたいと考えています。

 本日、休日急病診療所の閉鎖の条例が可決されました。7月1日から、休日の急病診療は、マキノ病院と高島総合病院で対応することとなりました。年間5千万円の費用。開設日あたり3人未満という利用状況、医療機器がそろっていないので十分な診療ができない現実。県の補助金の打ち切りなどを総合的に考えての提案です。
 これまで長年支えて頂いた医師会の先生方はじめ、ご協力頂いた皆様に感謝し御礼を申し上げます。


 昨日、午後2時30分から4時までの間、高島市役所の本庁と支所の間で、光ファイバーのトラブルがあり、通信ができず、支所に証明書等を取りにこられた54人の方々にご迷惑をかけました。

 原因は、NTT今津ビル内中継装置の不具合で、取替え工事も完了したとの報告をうけました。光ファイバーが不通になる体験をしました。対応のパターンを整理してトラブルに際しての対応力向上を検討します
 
 ご迷惑をおかけした方々の内容は、本庁舎へ来ていただいた方11人。復旧まで待ってくださった方5人。いったんお帰り頂いた方22人。職員が支所へ届けてお渡しをした方8人。ご自宅へお届けした方7人。事故発生中の移動処理1件。窓口で苦言を承った方1件。と報告を受けました。

 お忙しい中で役所に来ていただいておりますのに、予期せぬトラブルとなり、本当にご迷惑をかけました。お腹立ちのこともあったと存じます。申し訳ありませんでした。 

 (身内の話で恐縮ですが、窓口関係者も結束して懸命に対応したことが感じ取れ、夫々の表情に気合の余韻が残っているように感じました。お疲れ様。)
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by hi-kaito | 2005-06-29 19:04

渇水やいかに

 清き水の豊かな高島市にも、渇水の影響が出はじめました。昨夕、総合防災課、上下水道課、農林漁業・商工業を担当する産業経済部と話し合いました。

 朽木の一部をはじめ簡易水道の水源の枯渇が心配されるとの報告。上下水道部長に判断を任せ、現場で臨機応変に対応することとしました。

 農業用水の枯渇がマキノ北部や今津、新旭町太田地区などで心配されています。また、農業用水は、消化用水・防火用水でもあり、支所と連携を密にし、広い高島市に神経を張り巡らします。

 先のメンバーに消防本部も加え、高島市の渇水に対処する体制検討と現状把握、情報収集をしていくことにも致しました。
 
 高島市の場合は、琵琶湖から取水する上水・簡易水道が高島、今津、新旭にあり一定の保険が利きますが、水を運ぶことは並大抵ではありませんし、田んぼが早くもカラカラで、山水などを水源とする農業用水は人為が及びません。考えさせられる機会でもあります。

 琵琶湖から農業用水を取水する事業の効果は、こういうときに有り難さを実感します。普段は良質米を作るのに水温に頭を悩ませているのですが。

 高島の地は、どちらかというと湖岸の浸水と戦ってきた地域であるとの認識をしていました。しかし、水争いの歴史があるということは、切実な渇水があったことを物語るのだと気づきました。しかし、雨乞いの話は聞きません。高島市域に雨乞いの儀式があるのをご存知の方がいらっしゃいましたら
t-info@city.takashima.shiga.jpまで教えてください。

 節水をお願いすることになりそうです。(普段からもったいない運動が必要なのですが)
それと、地球の体調異変を、どう感じるかと問われているようです。このことに対し、高島市はどういう動きをするといいか。一緒に考えていただきたいと存じます。本当に毎年、異常気象ですね。みんなが、ポストにベストでこの難局を乗り切りたいです。

  これから、一般質問2日目が始まります。
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by hi-kaito | 2005-06-28 09:57

高島いろは

 高島は、全国有数の綿織物の産地です。薄物クレープという縮みやガーゼから、タイヤコードや工業資材といわれる厚物まで多種多様な綿織物の生産力があります。

 3年前から、素材から製品へとの模索が始まり、国の川中事業支援の応援をうけて、「高島いろは」の取り組みが始まりました。中国をはじめとするアジアから90%もの綿製品が入ってきます。国内産地は生き残りをかけて、質のよいものづくりで活路を拓こうとがんばっているのです。

 今日、「高島いろは」のカッターシャツのサンプルを、「いっぺん着てみて」と届けてくださいました。早速、薄黄色のシャツを着て公務につきました。
 薄手でとても涼しく、見た目もナカナカ?です(よね)。これにクレープのシャツとステテコを合わせると涼感は完璧です。クールビズを追い風にしたいものです。

 レディスでは、ソニーファミリークラブや有名百貨店でブラウスや浴衣が注目されています。素材には絶対の自信があります。そこからを今頑張っておられます。皆さん是非応援してください。高島地域地場産業振興センターのホームページもご参照あれ。

 昨日、アドベリーの完熟果実を試食しました。大きさといい、甘さ、濃厚さといいすばらしい出来で、助役と褒め讃えていました。本物の説得力は絶大です。これから、さあ、これからです。

 今朝、琵琶湖岸の桑の実(私たちは桑イチゴと呼んでいる)を食べました。アドベリーと形がよく似ていますが、少し小ぶりで、天然の・野生の味わいというか、唇を紫色にして食べた子どもの頃を思い出しました。最近は摘む人がいないようで、母が毎年散歩に行ってとってきてはジャムにしています。我が家ではあまりヒット商品になっていませんが、何かに活かす道を考えたいものです。

 今夜は、大津駅前のスーパーの5階で開かれた、2005年度滋賀大学公共経営イブニングスクールのスピーカーに呼んでいただきました。約20名の行政やNPOの方がご参加で、毎回ゲストスピーカーを呼んで熱心に勉強なさっておられます。高島市からの参加者が一人もいないのは残念でした。

 市民によって多様な学びの場が運営されていることを教えられました。
高島でも、大学生とまちづくり活動の拠点をつくろうとの動きがあります。人が動く、出会うことから新いことが始まります。臆病にならないで、チャンスを受け入れていきたいですね。
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by hi-kaito | 2005-06-24 22:14

備えよ、常に

 今朝は、ノーマイカーデーということもあり、自転車で出勤しました。鳥の声、かえるの声、車では聞けない素敵な音?が聞こえました。雲雀、スズメの高音パートにヨシキリの合いの手、それに蛙の低音パートのタイミングが絶妙で、新鮮な気持ちにしてくれます。ツバメもスイィーと飛んできました。

 畑には、麦わらを敷いてスイカやつる物を育てている景観が美しく、なすび畑の整列具合も壮観で、色といい、姿といい「凛々しいやん」と思いました。しかし心配は雨不足です。野菜を食べる時は、水遣りのご苦労に感謝です。

 さて、時代や国によっては雨乞いの公務があるかもしれません。高島市は農と共にあるまちです。また、鮎や産卵をする魚たち、獣にも影響が出てきます。防火用水の心配も出てきます。ぼちぼち雨乞いをしたいような気持ちと、集中豪雨を心配する気持ちが重なります。ちょっと空が暗くなってきました。程よく降ってくださいと祈っています。

 本日午後3時から、「生活協同組合コープしが」さんと「災害時における生活物資の供給に関する協定」(災害時に優先して物資調達に協力してくださる協定)の調印をいたしました。いざというときには、県下9箇所の配送センターと全国のネットワークを活かして、ミネラルウォーターですと数千ケースの提供も可能とか。(通常価格で)食料備蓄の新形態です。「備えよ、常に」(ガールスカウトの方から聞いた言葉)ですね。
 
 明日は、市議会の代表質問です。
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by hi-kaito | 2005-06-22 18:39

お買い物が未来を作る

 本日、午後、環境首都コンテスト2004(第4回、16年度分)の表彰にNGO関係者が来庁されました。これは、環境問題に取り組む全国のNGO11団体のネットワークが主催し、質問に答える形で75自治体が応募し評価をうけたものです。

 旧の新旭町が応募していたものですが、総合評価は75自治体中32位というものでした。最も評価が高かったのは水俣市でした。水俣病を克服し、世界の環境自治体を作ってこられた行政と市民の努力がすばらしく、私も尊敬している自治体です。続いて、新城市や多治見市が続きます。

 うれしい事に、全国から31の先進事例が表彰され、旧新旭町の教育委員会のささやかな取り組みが選ばれたのです。
 
 昨年度、小学校の机を、買い換えるかどうか検討した結果、地元の木で天板を手配し、地元の建具屋さんや大工さんに天板のみ交換してもらう方法をとりました。このことが評価されたのです。
 地元に仕事ができ、費用的にも半分になり、2年かかる予定が1年でできました。また、使える机を廃棄物にするすることなく、はずした天板も一部再利用されたようです。

 もともと、B5からA4判に教科書が変わったので、机も大きくしないといけないという話があり、備品より教育内容の方が大事では?などと議論をしながら、文具メーカーの既製品(ゴムの木の輸入板を使った机)で物品購入の準備が進んでいたのですが、水際でグリーン購入の発想が入り、見出されたものでした。

 グリーン購入から自治体の環境配慮が進む事例が多くありますが、まさに「お買い物が地域を作り、未来を作る」の一端を感じさせてくれたものです。

 同時に、その投資で子どもたちが、勉強しやすくなり、より理解できるようになったことを評価されることが肝心です。
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by hi-kaito | 2005-06-21 18:49

夢を育てるアドベリー

 今日は、ガリバー杯ゲートボール大会、なないろ保育園竣工式、そして琵琶湖周航の歌音楽祭・合唱コンクール、極めつけはアドベリーの収穫祭と盛りだくさんな一日でした。

 なないろ保育園は、西に箱館山、傍を流れる上郷川、そして周囲を田んぼに囲まれ、東に琵琶湖を見下ろす絶好の環境の中に建設されました。私立の清心保育園と公立の今津北保育園が一体化し、民設民営の形でスタートした素敵な保育園です。

 ♪ 雨があがったよ。お日様が出てきたよ。青い空の向こうには、虹が架かったよ。
   探しに行こう、僕らの夢を。虹の向こうに、何があるんだろう。
   手と手をつなげば、元気がでるのさ。魔法みたいだね、どこでも行けるさ。・・・・・・。

 高島は、時雨の多い地域ですが、虹がよく架かる地域でもあります。
マイナスとプラスはワンセット。元気を出して、子どものような素直な心でいきたいですね。
なないろ保育園。おめでとう。元気な子どもたちの笑顔があふれますように。

 琵琶湖周航の歌コンクールでは、いろいろなアレンジや、出演されるグループの佇まいが日ごろの活動をかもし出し、とれも和やかで、歌声に心が洗われる空間となりました。
来年は、第10回。みんなの力で、ますますすばらしい音楽祭にしたいですね。
関係者の皆さま、いろいろ準備から、本番、片づけまで、お疲れ様でした。有難うございました。!

 ニュージーランドからボイズンベリーを取り入れ、アドベリーとして育て、地域の特産品にし、さらには、加工、販売と6次産業に育てていこうという、旧安曇川町の取り組みが少しづつ実ってきました。

 念願の安曇川町でのベリーの収穫が行なわれ、糖度もニュージーランドの農家の方がびっくりされるほどであったとのこと。関係者のご努力に敬意を表します。なにより、生産協議会に集われた、志ある人々の実行力の成果です。

 これから、アドベリーを通じて、いろいろな特産品が生まれ、仕事が生まれることを念願します。ジェトロのLL事業に採択をされたことも大きな弾みになったとのこと。LLとは、ローカル to ローカルの事業を応援するメニューですが、パーソン to パーソンの信頼の絆を結んでこられたことが成功の秘訣であったと感じました。アドベリーを育てつつ、夢を育ててこられた皆さんに拍手をおくり、高島市としても大切に応援していきたいと思います。
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by hi-kaito | 2005-06-19 22:08

野茂選手と聞く心

 ただいま6月定例議会の真っ最中で、昨日・今日と予算委員会です。高島市は合併して間がなかったということもあり、3月議会では235億の骨格予算を提案し承認されています。
 
 6月は、その補完的、政策的な予算を提案することとなっており、提案説明や各部の方針や予算の概要版を配布しつつ、26億8千万円増の一般会計補正予算を提案しました。本日の委員会採決では賛成多数で可決すべきものと決しました。本会議で議決されると決定です。

 委員会審査は、部長や課長が答弁に立つことがほとんどですし、また、担当者がきちんと説明できずに、よい仕事ができるはずありません。理解の深さ、普段の報・連・相の真価も問われます。

 部によって資料準備も抜かりなく、議員さんの質問に的確に答えるところと、準備不足や現場の掌握ができておらず、答弁がいたずらに長引き、課題が浮き彫りになる場面がでてきます。(改善に努めます)執行者である私が、不満顔をしてはいけないのですが、つい顔に出てしまいます

 昨晩、アメリカのメジャーリーグで活躍する野茂選手が、日米通算200勝を達成し、野茂選手の足跡をたどって讃える番組があり、その幾つかを見ました。インタビューを受けているどの映像も、無表情とも言えるポーカーフェースです。番組は、その内面に迫り、固い信念と、一喜一憂しない、いつも全力を尽くしてひたすらに立ち向かう、愚直なまでの姿を浮き彫りにしていました。

 また、ちょうど、折に触れ助言を下さる方から、葉書をいただきました。「読み・書き・話す」はテクニックがあるが、「聞く」は、技術でなく人格である。と書かれています。ついつい自ら発言の場に立ち、言葉が過ぎることがあります。そこへ、聞く、聴く、訊くことの大切さを喚起してくださるメッセージです。

 というわけで、今日はともかく野茂選手のような顔で、懸命に聞く心を持とうと努めていたのでした。お陰で、自分がハッスルするよりいろいろな事がよく見えました。
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by hi-kaito | 2005-06-17 19:24

滋賀県琵琶湖・環境科学研究センター 開所式

 大津市の旧琵琶湖ホテル西隣に、琵琶湖・環境科学研究センターが開設され、本日開所式に出席しました。大阪府知事の出席が目立ちましたが、滋賀県立大学長さんや県議会議員さんNPOなど多くの方(150人前後?)が出席されていました。市長は私だけでしたが、内容はとても値打ちがありました。

 記念鼎談がすばらしい顔合わせで、当該センター長に就任された、内藤正明先生(京都大学名誉教授)。ゲストに中央環境審議会会長の鈴木基之先生と川那部浩哉琵琶湖博物館長さんの3人さんでした。

 持続可能性とはどういうことなのかを明確に示す必要性がある。私たちは、地球の大きさが有限であると知り尽くした始めての世代である。それまでは、山の向こうへ、海の向こうへと行くことで行き詰まりを乗り越えられた。
 あるスペースの中で、有限の条件の中で考え、あるべきビジョンを示し、どうするかを、未来から現在の「どうするか」を考えねばならない。
 目の前の問題を解決して乗り越えてきた、これまでの手法では解決できない。との鈴木先生の冒頭の発言。

 川那部先生は、1992年のリオの地球環境サミットで、「人間の生活・発展を自然の容量のなかに納めねばならない」との行動計画に、当時は唖然としたとおっしゃり、今は多くの方がご存知だが、しんどいから動けないでいると受けられた。

 今までの鎧かぶとを脱いで、自分自身を変えていくことが必要で、このことが難しい。滋賀のアイデンティティーを再認識し、近江八景やなどの景観も誇りに思ったら良い。(窓のむこうに広がる浜大津のビルが立ち並ぶ景色を背に)あんな醜悪なものが並んでいて良いのかと少し過激な表現までなさった。
 琵琶湖は、もっと精神的・文化的に開かれていたはず。(確かに昔は、湖上交通で行き交うものや情報は、最先端で質の高い、そして世界に開かれたものであったかもしれない)今は閉ざされていないか。(鈴木)

 滋賀は、物の面では、ものすごく開かれていて、たくさん入ってきて、沢山出て行く。文化的に開かれ、発信をし、外とのリンクを張り、物質的には、地産地消や身土不二が大事ではないか。(内藤)

 これからは、データを集めることよりも、コーディネートすることが大事で、このセンターに期待する。情報を一元的に集めることが良いのではなく、見事にコーディネートすること。流域でも大阪までも。(川那部)

 行政は10年、20年先に何をしていなければならないか。また、行政の研究センターは評価システムが必要で、センター自身が計画を立てるときに指標を示すべき。(鈴木)

 勝手にメモをみて振り返りましたが、3先生の品格と奥行きのある鼎談を直接聞く機会を得てありがたいことでした。

 「環の郷」という表現にこめた思いは、決して的外れではないと思いましたし、重要文化的景観の考えを入れ、高島の景観を大事に守り育てようとの、合併記念式典のフォーラムの見解は妥当なことであったと思います。
 海津や今津、木津(古津)や大溝などが湖上交通で栄えたころなどは、今以上に文化や精神的な交流が盛んであったかもしれません。縄文から弥生の時代に鉄器が大陸から入ってきて、米が南方から入ってきた。高島は、瀬戸内ルートと日本海ルートそして北陸・東海文化を結ぶ十字路であったことも思われました。
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by hi-kaito | 2005-06-15 22:40

蛍のくる町 2005

 今夜、帰り道に蛍を探しにいきました。今日は少し寒いせいか蛍が6匹光っているだけでした。
私たちの暮らしのすぐ傍で、蛍が毎年雄と雌が出会い、卵を産み、それが土手で、川でちゃんと繁殖している。この現実が静かな喜びを感じさせてくれます。

 4年ほど前に、地雷をなくそうとする講演会に絵本作家の葉祥明さんが来てくださったことがあります。すき焼きでおもてなしをしたら、お肉を召し上がらなくて、どうしようかとの思案から蛍のいっぱい飛びかう小川へご案内したことがあります。それがきっかけで絵本「蛍のくる町」ができたのでした。

 この、蛍が来るという表現には、葉さんの想いがこめられています。実は、絵本にはならなかった最初のストーリーに、人間が環境を破壊し、蛍も生き物も住めなくなって、魂の世界に非難していて、時々見に来ているのだというストーリーがありました。
 人間が環境の大事さに目覚め、虫や生き物が住めるように行動を起こし、環境が改善されたら、蛍たちは魂の世界から帰ってくるのだと。スピリチュアルな光に包まれて、葉さんはそんな風に感じられたのでしょう。

 今年は、広くなった高島市の蛍スポットに関心をもっています。よそから人が来るとうっとしいやん。とかいう地元の人たちの秘密の蛍スポットがどうやらいくつかありそうです。
不耕起栽培の里でも、去年は「蛍が湧いてきた」と聞きました。今年はどうでしょうか。
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by hi-kaito | 2005-06-13 21:58